天旗 | 成人向け長編小説 | 桜大路学園物語 | 第五章 歳末、寒さもひとしお身にしみるころ 1/3

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第五章 歳末、寒さもひとしお身にしみるころ 1/3

 師走。先生が走り回る姿こそ見かけはしないが、年の瀬を迎えてみな心はせわしない。
 期末テスト、クリスマス、お正月と、イベントは数多い。なかでも、親しい友人にプレゼントを贈りあうクリスマスは少女たちの心の多くを占めている。
 その贈る相手が、ただの親しい友人というだけでなければ、なおさらだ。
 雪がいまにも降ってきそうな重い色の空が、窓の外に見えた。
 放課後の窓際。涼子の席を、園美と葵が囲んでいる。涼子は相変わらず、携帯ゲーム機を操作している。
「マフラーとか、編んでみようかなと思うんだけど」
 葵がそう言う。彼女が学園祭のときに会った男子生徒と付き合い始めたことを、園美も涼子も知っていた。
「あ、なんか古風だけどいいじゃない」
 園美は素直に賛成するが、涼子は特に反応もせず、言葉も発しなかった。
「うん、なんか愛情こもってる感じだよね。でもどれくらい日にちかかるもんだろ。間に合わなかったら意味ないし」
「うーん。三時間ぐらい? 三ヶ月ぐらいかかるかな?」
「あんたの想像は幅が広すぎて参考になんないわね」
 もちろん二人とも編み物などしたことがない。
「シンプルなものなら、初心者がちびちびやってもクリスマスには十分間に合うよ」
 ぼそっとつぶやいたのは、携帯ゲームにタッチペンで操作をしている涼子だった。
「涼子ちゃん、編んだことあるの?」
「んー、セーターとか手袋とか、ひととおり。昔ディスクシステムで」
 涼子が一気に語ったところによると、昔ファミコンのソフトで、編物教育ソフトのようなものがあって、それで覚えたということだった。
「あんたは、ゲームに関係のないエピソードは持ってないの?」
 葵は呆れ顔である。
「涼子ちゃんに教えてもらえばいいよ。いいよね?」
「聞かれれば答えるよ。でも本とかあったほうがいいかも。インターネットでも初心者向けのサイトあるから見てもいいし」
 涼子の言葉は細切れで、つっけんどんではあるが、最近はこの三人が集まっていることが多かった。園美が涼子になにやら話しかけ、それに葵もついてくる、というパターンだ。そのことに涼子も特に不快を感じているようではなかった。
「今日は何のゲームやってるの?」
「第二次世界大戦のシミュレーションなんだけどね、国の主義思想変えたりできるの。いま共産化した日本がソヴィエトと同盟を組んで、中国大陸を赤い旗で埋めてるとこ」
「楽しい?」
「楽しくないねー。ぐだぐだやってたらもうー九六二年だし。でもまだプロペラ機で戦争やってる」
 とても趣味を共有するまでには至らなかったが、園美が自らも意識せず出している雰囲気のせいか、お互いに気を使わない関係ができあがっていた。
 週末に道具を買いに出かけることに涼子の曖昧な返事を引き出してから、葵は部活へ、園美は帰宅のため下駄箱に向かった。涼子は東南アジアを共産化してから帰るとのことだった。
「あら園美さん、お帰り?」
 下駄箱のほうからポニーテールを揺らしながら歩いてきたのは、文代だった。初めて「内裏」で会ってから、顔を見れば挨拶を交わす仲になっている。
「ええ、お先に失礼します」
 双方軽く頭を下げ、別れた。
 園美が靴を取り出そうと扉を開けると、靴の上に赤い封筒がまっすぐに行儀よく乗っているのが見えた。
 首をかしげながら、園美は取り出す。小さなクリスマスツリーのシールが貼ってある。裏も見たが何も書いてはいなかった。封はしていない。
 中には、カードが入っていた。「クリスマスパーティーへのお誘い」、そうタイトルにあり、シンプルに内容が書かれている。隅には生徒会主催とあり、会場は「内裏」だった。
 桜井園美、と宛名にあり、間違いでないことがわかる。
「むー」
 園美は唇を鼻につきそうなまで上に寄せ、しばらく立ち止まっていた。しかし何か決心したのか、一人うなずいて、封筒を大切にしまった。

「来てくれるかしら」
 柱の影には、その様子を見守っている者がいた。「招待状」を園美の下駄箱にいれた張本人である文代、指示をしたほのか、小夜だった。
「気になるぐらいだったら、直接渡して言えばいいじゃない。馬鹿ねえ」
「できるぐらいなら、こんなところで隠れていないわ」
「恋で女は馬鹿になるというようです」
 ぼそり、と文代。
「お、文代もそういうことを口にするようになったか」
 ほのかは、ひじで文代のわき腹をぐりぐりとえぐった。
「朱に交われば、とも申します。墨と一緒に置けば、純白の紙も汚れましょう」
「ねえ小夜、遠まわしに馬鹿にされてるみたいだよ」
「あなたがね」

 さて、忙しく日々は過ぎ、パーティの当日。
 この日は授業は午前までとなっている。桜大路は仏教系の学校だが、異教の一大イベントには寛容で、生徒たちへの配慮がされていた。
 「内裏」でのパーティは昼から行われた。パーティとは言えど、特に着飾ることもなく制服のままで、プレゼント交換もない気軽なものだった。
 大きなテーブルに清潔な真っ白のテーブルクロスがひかれ、そこに料理が載っている。家政部が提供したものであり、自分から志願してきた一年生が給仕をする。軽音楽部が片隅で演奏をする。そのほか諸々のこの会の運営については誰が取り仕切るわけでもなく、各自が思うがままに会を盛り上げるべく、また楽しむべく、「内裏」へと集まるのだった。
 もっとも、誰も彼もというわけではなく、「招待状」を送られたものだけが権利をもつ。
 前述のように、何らかの役目が期待される者たち、もしくは生徒会ひいては両蓮と近しい者ということになる。
 園美は所在なく、新しい檻に入れられた小動物のように、遠慮がちに「内裏」の中をうろうろしていた。「招待状」の真意がまだわからなかったからだし、あれだけ会おうと苦心していた紅蓮の小夜も目に入るところにいるが、常に何人かが周りにいて話しかけることが出来なかった。
 そんな園美を見つけて、近づいてきたのは文代だった。
「楽しんでますか、園美さん」
「あ、文代さん。なんか……こう場違いみたいで」
「そんなことはありませんよ」
 文代は目をすべらせて、小夜のほうを見つめた。小夜もこちらをちらちらと見ているようだが、こちらに近づいてくる様子はない。鼻で小さく、ふぅとつぶやいた。
「──そうだ。よろしかったらなんだけど、奥でケーキを作っているのだけど、人手が足りないようなの。少し手を貸してあげてもらえないかしら」
「はい、喜んで。貧乏性かな、なんかしてるほうが落ち着くみたいで」
「お願いしますわ」
 園美が部屋から出て行くのを見送って、文代はきゅるりと音を鳴らして踵を回した。ポニーテールが鞭のようにしなった。
 まっすぐと小夜のほうに向かい、人形使いのようにぴったりと後ろについた。
「可愛そうですよ」
「あ、ありがとう。で、でも……いや、どう言ったらいいのか」
「ご決心を」
 そう言い残すと、文代はふたたび人の波を泳ぐ。本人が動かない以上、余計な世話かもしてないが、周囲で策を弄するしかないだろう。その役割は自分しかないという自覚があった。
「おー、文代! お前も飲め。ぐははははは」
 ほのかが瓶を手にして、顔を赤くしている。手を伸ばして、子猫をつかむように、文代の襟を引っ張りよせた。
「ご用意したスパークリングワインはアルコールの入ってないもののはずですが」
「もちろんそうじゃよー!」
 ほのかが手にしている瓶のラベルを見る。黄色のラベルには仏語で「ヴーヴ・クリコ」と書いてあった。文代が知る限り、名の通ったシャンパンのはずだ。
「瓶の中身は違うのでしょうね。そう信じます。──それはよしとして、お耳を」
「いゃーん、いやっ、ほのか感じちゃうっ!」
 耳に口を近づけると、ほのかはぐねぐねと身をよじらせる。
「まじめに聞いてください」
 文代は強く耳を引っ張って、ほのかの耳をエルフ族に似せた。
「いで、いででで……何よ。酔っ払いには優しくしてよ」
「聞かなかったことにします」
 大人しくなったところで、ほのかの耳にささやく。聞き終わって、ほのかは眉を上げた。
「世話かかるわねえ」
「かかります」
「まあいいわ、人のためと思えばね。──じゃあ顔洗って酔い覚ましてくるわい」
「聞かなかったことにします」
 ほのかは手洗いへ立った。テーブルの上に残されたグラスには、発泡している金色の液体がわずかに残っていた。それを手に取り、飲み干した。
「──つまらないことには、労を惜しまない人なんだから」
 その味はまごうことなきジンジャーエールだった。
 
 日が陰り始めていた。
 園美は自らが手伝って作った少し不恰好なケーキを食べていた。その傍らには、文代もいる。
 そこに、ほのかが近づいてきて声をかけた。
「園美ちゃんだよね。ちょっと、いいかな」
 いぶかりながらも、園美は着いていく。「内裏」からは裏にあたる、ベランダへ出た。
ベランダは広く、横幅はキャッチボールができそうなぐらいある。端には階段があり、少し開けた庭に続いていた。
 建物の中からは見えない位置まで移動して、ほのかは足を止めた。
「小夜がいろいろ迷惑かけてるみたいで、ごめんね」
「いえ……逆です。私がご迷惑をかけてしまったので、ずっと謝ろうと思っていたのですが」
「でも、なかなか謝れなかったんだよね。……うーん。あのさ。小夜にとったら、怖かったんだよ」
「怖い……ですか?」
「うん。嫌われるのが」
「嫌われる、というのは、私が、紅蓮様をですか?」
 ほのかの言葉の意味が、頭の中を素通りしていく。「紅蓮様」にとって、なぜ園美のような一生徒の存在が、そこまで大きな意味を持っているのだろうか。
「片思いな感じかな。ずっと好きだったみたいよ。園美ちゃんのこと。ずっと見ているだけでもいいと、小夜は思ってたみたいだけどね。……違うな。そう言ってるだけで、気持ちはそうじゃないんだろうけど」
「私、なんかが」
 想像もできなかった。容姿がいいほうでもない。内面に関しても、そもそもまともに話したこともなかったから、わかりようがない。
「詳しいことはわかんないけど。聞いても教えてくれないしね。まあ、そんなこんなで小夜にしたら遠くで愛でていたい対象だったわけ。それがちょっとした事件で関わり持っちゃって、いざそうやって接近の機会をもっちゃったら、怖いのね。あなたに好きって言うのも、その結果も」
「そんな」
「園美ちゃんはどうなの。小夜のこと」
「私は、紅蓮様のことをどうこうは言えません。でも」
「あ、いいやいいや。聞いちゃうといろいろまずい気がする」
 園美の顔の前に手をやって、言葉を制する。園美も背が高いほうではないが、それ以上に低いほのかは、手を上げぎみになった。
「──で、ボクの話なんだけどさ。ボクと『縁』結ばない?」
「え? 何をおっしゃっているのか」
「正式には確かに『縁』は一人だけ。形式的にはそうでも、過去には何人とも結んだ人もいるしね」
 くるりと身軽く、ほのかは園美の背後にまわった。両手をまわすと、ぴったりと身体を重ねる。

挿絵

「こ、困ります」
「簡単に考えてくれればいいよ。正直な話、小夜の気持ちがわからなくもないんだ。園美ちゃん、自分でどう思ってるかわかんないけど、可愛いし。率直にいっちゃうと、園美ちゃんとエッチなことしたいな、って」
 ほのかが腰を押しつけてくる。『縁』を結ぶと現れることがあるという、女性にはもともとないものが硬い強張りとして、スカートの上から感じられた。
 背後から回されたほのかの手は、片や園美の胸をまさぐり、片方はスカートをまくりあげて、園美の下着の感触を探る。
「や、やめて……ください」
「ね、文代とも仲いいみたいじゃない。いっしょに、三人でしごふっ」
 ぶん、と。園美は背中に風を感じた。蔓のようにまとわりついていた、ほのかの体がはがれる。園美は目の端で、宙を飛ぶほのかと、新たに現れた背中の人物の、量の多い髪がふっさりの靡くのをとらえた。
「なぁにさらしとんじゃあ! わしのスケに!」
「紅蓮……様」
「あ」
 小夜は鋭い蹴りを繰り出したまま、足をバレエのように突き出していた。園美の視線に気づき、ゆっくりと下ろす。
「やっと……お話できました」
「あ、ああ……ご、ごめん、ごめんね」
 庭の芝生を数回転したほのかは、そのまま建物の陰に入った。すでに傍には文代がいて、ほのかの顔の足形をぬぐっている。
「こうでもしないと、動かないんだから。ほんとに馬鹿な子」
「いい飛びっぷりでした」
「あんがと」
 二人で、園美たちを見守る。
 園美は、やっとの機会を逃すまいと、小夜の両袖をしっかりと握っていた。
「まず、先日はありがとうございました。それと、連日押しかけて申し訳ありません」
「う、ううん。なんて、こと……ないから」
「さっき、白蓮様がおっしゃっていたことは」
「あ、うん……ほんと……あの馬鹿……勝手に」
「嬉しい、です」
「え?」
「嬉しいんですよ。好きって言われて怒る人はいません。だから、私も紅蓮様を」
「いや、いや、い、ちょっと、待って。私は、私は……そんな、様付けで呼ばれるほど偉い人間でもないし、それに……私は、園美、あ、園美さんに、好かれるような人間じゃないのよ?」
 隠れて見ている、ほのかが眉をひそめる。
「あの子お得意の逆走が始まりそうだよ。ボク、蹴りをお返しして止めてきた方がいいかな」
「大丈夫ですよ。相手は園美さんですし。私は安心してます。私も、紅蓮様が、園美さんを好きな理由、なんとなくわかりましたから」
 小夜は目をつぶって、罪を告白するようにしゃべり続けた。
「──ほのかみたいに明るくもないし、文代みたいに頭も良くないし、私は、園美さんのことを勝手に好きになって、でも言い出せなくてうじうじしてて、でも、でも、好きだから、陰から見てたり、写真を手に入れてずっと持ってたり、あまつさえ……いやらしいこと考えたり、実際にしたり……だめだから。だめなの。このままで、よかったのに。私は、園美さんに好かれない」
 いつの間にか、小夜はぼろぼろと涙を流していた。えぐえぐと顔をしかめ、子供のように咽び泣いた。息が苦しかった。
「思い出しました」
 小夜の泣き顔を見て、ただ戸惑うだけだった園美が、急につき物が落ちたように顔を晴れやかにさせた。
「──小夜ちゃん、だね。遊園地で会った」
 小夜は息を呑んだ。
「覚えて……たの」
 園美の古い記憶にいた少女。
 あのときも、ひとりで涙をぼろぼろとこぼしていた。
 迷子になったのだろう。ベンチに座って一人泣いている少女に、園美は遠くから走ってやってきた。うつむいていたからか、周りの大人は誰も気づかないようだった。
 後から園美の父親もやってきて、泣いている少女を事務所に連れて行った。そこまででも十分親切だったが、園美はまだ泣き止まぬ少女とともにここで待っていると言い張った。
「園美ちゃんの遊ぶ時間なくなっちゃうよ?」
 それでも、父の勧めを園美はきかなかった。泣き疲れを知らぬ少女のそばに座って、聞いているかもわからないまま、最近あったことなどをとりとめもなく話した。通っている幼稚園のこと。家の庭の花が咲いたこと。母親が料理で失敗したこと。
 十分も経っただろうか。それでも少女は涙が尽きぬかのように泣き続け、園美の話に耳を傾けようとはしなかった。
 突然に園美は、うつむいている少女のあごにそっと手をやってこちらに向かせると、少女の小さな唇に、自分の唇を重ねた。
 驚いたのだろう。少女は泣くのをぴったりとやめ、その行為の意味を探るかのように、園美をじっと見つめた。
「おまじないだよ。ママが怒ってても、パパがこうするとなかよしになるの」
 泣き止んだ少女は、小夜と名乗った。

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