天旗 | 成人向け長編小説 | 桜大路学園物語 | 第四章 中秋、秋色日毎に深まるころ 1/3

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第四章 中秋、秋色日毎に深まるころ 1/3

 風はいつしか冷たくなり、服装は冬服になり、道の端には落ち葉が目立つようになった。
 秋は学園祭の季節でもある。
 桜大路でも他の学校と変わることなく、模擬店を開いたり、研究を発表したり、大きな製作物をつくったりする。
 基本的にはクラスごとの活動になるのだが、部活ごとや、仲のいいものどうしでの活動も許された。
 たとえば、「縁」を結んだ上級生・下級生のグループに入ってもよく、何かしらひとつの活動に参加していれば良しとされた。
 園美と葵は、クラスの模擬店に参加することにした。焼きそばの模擬店で、葵は仕入れ、園美は売り子の担当になった。
 ソース系の食べ物がほかに出店がなかったせいか、焼きそば屋は好評だった。売れ残ったそばが鉄板の上でカチカチになるのは客から見ているだけでも惨めなものだが、焼けば焼くだけその場から売れていった。
 家業の定食屋を手伝っているという生徒が、必死の形相で賽の河原のように延々と具材を炒め続けている。手伝ってもらえればよさそうなものだが、そこは彼女の料理人のプライドが許さないらしい。具材を刻むほかは、味付けまでぜんぶやっている。
 もっとも、忙しいのは彼女だけではない。
 園美は今日いちにちの短時間で無駄に接客業の経験を積んでいたし、葵は二度目の買出しに出かけるところだった。
「葵ちゃん、キャベツもうひと箱、あとソース!」
「わかった、何本?」
「あー、もう最初から用意してた五本がもうなくなりそうだから……そんぐらい」
「ん、適当に買ってくる」
 葵は財布を片手に、駆け出した。
 校門近くで、見覚えのある顔を見かけた。
 小中学校と同じだった、男子生徒。名を松本浩太という。
 小さいころは一緒に遊ぶことも多く、中学生になってもよく話をしたりする仲だった。
 それからは学校が分かれたこともあり、ほとんど没交渉だった。街で出会ったこともなく、手紙や電話でやりとりをしたこともなかった。
 声をかけようかとも思ったが、買出しを急がねばならず、悔いに思いつつも葵は足を止めなかった。

挿絵

「いらっしゃいませ! 焼きそばはいかがですか!」
 制服の上にエプロンを身につけた園美は、片手に盆を持ち、そこに何皿か焼きそばを持って客をさばいている。店の前だけで応対していると混み合うので、とっさにとった策だった。
 離れたところで、わたがし屋の屋台に隠れてそれを見ている三人がいる。
 紅蓮、白蓮、文代の三人だった。
「ああ、あんなに声をあげて……園美の唾液が混ざっているかも」
 そう思うだけで、ショーツの奥を濡らす小夜であった。
「やめてよ。勝手にト書きまで使って捏造するのは」
「でも食べたいんでしょう。園美ちゃんの唾液の入った焼きそばを」
「変な言い方をしないで頂戴」
「じゃあ買ってくればいいじゃない。あなたの唾液入りの焼きそばをひとつ、って」
「しつこいわねえ。それができるようなら隠れてないわよ」
 そんな言い争いをしているなか、文代がつかつかと物言わず園美のほうへ歩を進ませた。
 少々のやり取りの後、焼きそばを一つ持って帰ってくる。
「さっきまで食べたかったので買ってきたのですが、急に食欲がなくなりました。もったいないので紅蓮様、召し上がっていただけますか」
「あ、……ありがとう」
 小夜は宝物でも捧げ持つように受け取ると、青ノリも気にせずその場で豪快に食べ始めた。
「そういや文代、何か話してたみたいだけど」
「はい、お二人とも気にされていたようなので、園美さんの唾液は入っていますかと尋ねました」
 ぶっ。
「ああ、きちゃないきちゃない」
「無論、嘘です」
 生徒会の三人がそんなことをやっている横を、葵が段ボール箱をかかえて走ってくる。
「キャベツひと箱! ソース十本!」
 店の裏に回って勢いよく箱を置くと、ノートパソコンに向かっている涼子にくしゃくしゃになったレシートを差し出した。
 汗だくの葵とは対照的に、涼子はかき氷を食べて和んでいる。傍らの金庫から滑らかにお金を取り出し、葵に手渡した。
「おつかれ」
「まったくね」
 ノートパソコンにレシートの内容をパチパチと打ち込むと、涼子はまたかき氷をちびちびやり始める。屋台の中でここだけが異空間だった。
「適材適所なのよ」
 何か言いたそうな葵に、そう説明した。確かに売り子には向かないだろうし、箱いっぱいのキャベツを運ぶのも想像がつかなかった。
「まあいいわ、私ちょっと出てくる。聞かれたらそう言っといて」
「へい、いってら」
 雑踏の中に混じりこむ葵を、涼子はひらひらと手だけ動かして送った。
 ノートパソコンの画面を切り替えてゲームをしているところに、聞きなれた声が届いた。
「涼子お姉ちゃんいますか」
「おう」
 見なくても誰かわかる。例の三人だ。招待状を他に渡す相手もなく、ゲームセンターで彼らがせびってきたのでその場で渡していた。
 彼らは涼子を見つけると、裏に回ってきた。
「焼そば屋さんなんだ。おごってよ」
「嫌。公私混同できません」
「けち」
「アキラ君に出してもらいなさいな。うなるほどあるんだから。それより、後で待ってなさい。遊んであげるから」
「ほんと?」
「ん。三時ごろには品切れ閉店っぽいし、それぐらいに」
「わかった!」
 うきうきと喜色を隠さずに、三人は去っていった。
 ついでに、焼きそばを買っていったようではある。応対した園美が、客の切れ目を見てやってきた。
「どの子かが、弟さん?」
「んや、全員彼氏」
「へ?」
 間違ったことは言っていないのだが、それだけに余計に園美は混乱した。リンゴジュースと酢を間違えて飲んだような顔をしている。
「ああ、桃谷さんがちょっと出てくるって言ってた」
「あ、了解です。ずっと忙しかったからね」
 その葵は、先ほど見かけた旧友の姿を探していた。
 さっき見たのは校門近くだったので、いろいろ見て回っているところだろうか。
 校内に入って、教室をのぞいて回る。一年生が研究発表、二年生のなかでも喫茶店など屋内の模擬店。文科系の部活も、囲碁将棋部がただ盤を並べていたり、化学部が実験を公開していたりと様々だった。
 文芸部のやる気のない模造紙での発表を少しのぞき込んだだけで戻ってきた葵に、誰かが声をかけてきた。
「誰かお探しですか?」
 
「お探しですかじゃないわよ」
「いや、僕も探してたんだ。さっき見かけたときは忙しそうだったし。今はいいの?」
 葵と浩太の二人は、渡り廊下を並んで歩いていた。
「ちょっと間があいたからね」
 わざわざ探しに抜けてきたとは言えない。
 二人は幼なじみで、小中学校とも同じだった。仲はよかったが、だからといって友人以上に進展することもなかった。二人でいることも多かったが、周囲からも公認の友人関係だった。
 二人としては、友人よりも感覚は家族に近い。実際のところ家族どうしのつきあいも多かったし、年は同じだが浩太のことを兄のようにも感じていた。
「元気そう。よかった」
「なんか、松本、少し変わった」
 葵にはそう思えた。背は高くなったし、雰囲気が落ち着いている。
「そう? 桃谷はあんまり変わってないかな」
「女の子相手にそれはないかも」
「ああ、間違ったか」
 にこにこと笑う。この笑顔は何一つ変わりない。葵が安心できる笑顔だった。
「──でも、僕の頭の中の桃谷がそのまんまだったから。ほんとは安心してるんだ」
「口もうまくなったみたい。そういえば、誰かときたの?」
「ううん。ひょっとしたら桃谷に会えるかなと思って。だから良かったよ」
「どうなんだか」
 チケットは姉から貰ったのだという。その姉は葵も知っている。桜大路の卒業生だったはずだ。
 二人は、昔の話や最近のことを話しながら、出し物を見てまわった。
 お化け屋敷、音楽部の演奏、体育館にまわって演劇など。
 昼を少し過ぎたので何か食べようということになり、どうせならと葵のクラスの焼きそば屋に向かった。
 浩太を連れているのは、なんとなく誇らしげな気持ちだった。
「あら、お連れ様?」
 まだ続けて売り子をしている園美が、浩太を見つけて声を弾ませた。
「昔の友達よ。松本君。二皿お願い」
 園美に札を手渡した。浩太が自分の分を出そうとしたが、それをやんわりと断った。
「はーい、二皿ご注文いただきましたー!」
『よーろこんでー!』
 店から元気のいいコダマが返る。誰かがふざけて始めた唱和が、すでに癖になっていた。ひたすら焼き続けている定食屋の娘も、ゲーム中の涼子まで、口を揃えていた。
 しばらくして、園美が焼きそばを持って戻ってくる。葵と浩太にそれぞれ手渡すと、葵の手のひらに札を乗せた。
「おつりです」
 葵は眉根を寄せる。
「おつりじゃないでしょ。千円から三百円を二かけたの引いたらいくらになる? 小学生からやりなおすか、君」
「会計係さんがいらないって」
 園美が指差す先は、ノートパソコンに向かって、手だけこちらに向かってひらひらさせている涼子だった。
 その仕草は「気にするな」のようにも「あっちいけ」のようにも見えた。
「あの娘に借り作ると、何で返せばいいのか正直わかんないのよね。ま、いいか。あんがとって言っといて」
 二人はそこから離れて、校庭に下りる階段に腰かけて食べ始めた。
「大変そうだな」
「みんな素人だかんね。シェフはおうちが定食屋ですって。でも、みんなもなんか板についてきたよ。今日で終わるの勿体ない」
 二人そろって、一口入れた。
「シェフはちゃんとお店を継げそうだね」
「うん。私も初めて食べたけど、これなら走り回った甲斐もある」
「あ、ちょっとトイレ」
「タイミング悪い男ね。はい、持っててあげる」
「どもども」
 そそくさと浩太は人ごみの中に入っていった。当然ながらトイレは校舎にあり、見当外れの方向になる。葵は不安になったが、すぐに浩太は何かを手にして戻ってきた。
「セットメニューでどうぞ」
 模擬店で買ってきたのだろう。浩太が手にしていたのはお茶のペットボトルが二本、プラスチックのトレイに乗っているのはスライスされたパイナップルだった。
「あれあれ、あんがと。いくら?」
「いいって。はい俺の焼きそば返して。食べよ食べよ」
 今日はよくおごられる日だ、葵はそんなふうに思った。
「昔から、そういうとこマメだよね。もてるでしょ」
「通ってるの男子校なんだよ。そういうのは一切なし。購買とか事務員のおばちゃんには愛想よくされるけど」
 それはわかる。浩太は中身もそうだが、見た目から朗らかで温和そうなので、年上に限らず人好きのするキャラクターだった。
 中学生のとき、やたらと道を聞かれると言っていたのを思い出した。逆に、知り合いでもない人にも、ちょっとしたきっかけで話しかけるのを葵もよく見ていた。
 手にした地図をのぞきこんでいる人、犬を散歩している人、釣りをしている人、そんな人たちに怖気もなく、好々爺のように話しかける。
「こっちも女子高だからね」
「でも、桜大路だと……なんていうか忘れた。女の子どうしで」
 浩太は『縁』のことを言っているのだろう。この桜大路独特の風習は校外にもよく知られている。
「こないだ、断られた」
「あれれ。でも理由があったんでしょ」
「言ったわけじゃないんだけどね。他に好きな人がいるんだ、きっと。本人もわかってないみたいだけどね……。って、なんでわかるのよ」
「俺だったら、断らないと思って」
「げへっ、けほ」
 さらりとこういうことを言ってしまう男だった。
 食べながら、いろんな話をした。いまの学校のこと、昔の懐かしい話、たわいないこと。特に盛り上がったり、大笑いすることもないが、飽きることなく話は続いた。
 デザートのパイナップルまで食べ終わると、浩太はプラスチックのトレイを葵の分も重ねて捨てに行った。
「まだ、桃谷はバレーボールやってるの?」
「細々と。中学のころは県大会とか目指して必死だったけど、いまはもう趣味だね。でも好きだから」
「好きなことがあるのはいいことだよ」
「あ、部室見て行かない? 滅多にない機会だよ」
「いいの? 勝手に入って」
「私がいいんだから大丈夫」
 部室のほうには、人通りはなかった。遠く学園祭の喧騒が聞こえるが、それ以外はひっそりとしたものだ。
 部室の鍵を開け、浩太を招じ入れる。
 部員でない者とふたり、この部室に入るというシチュエーションに、どうしても園美との一件を思い出してしまう。
 あのときは、葵から誘った。邪な思いとともに。
 なぜ、部室に誘ってみたのだろう? 園美にしたのと同じような下心が言わせたのだろうか? そんなはずはない、と葵は首を振る。
 浩太は親しい友人であって、それ以上ではない。中学生のときもずっといっしょだったが、恋愛には発展しなかったではないか。
「意外と、いろいろあるね。なんか生活感ある」
 葵が自問している間にも、浩太は興味深くきょろきょろとしている。ボール籠からボールを取り出して、レシーブのまねなどをしていた。
 胸がとくとくと、速く打った。
 変に意識しているのは自分だけなのだろうか。自分の股間に違和感を感じて、浩太が向こうを向いている間に手をやる。
 下着の中に手を入れる必要もなく、身体はすでに反応していることが判った。
「立ってるのもなんだから、座りなさいよ」
 へたりこむように先にマットの上に座り、マットをぽんぽんと叩いて促した。
「ん。いや、なんかテンションあがっちゃって」
 ボールを籠に投げ込み、隣に浩太が腰を下ろした。少し手を伸ばせば相手の手に届く、そんな距離だった。
「あ、あのさ。なんか思い出すよね。秘密基地。工事でつぶされちゃった」
 葵は何か話をつなごうとして、部室の雰囲気から思い出したことを口にした。
「あれね。見事に木っ端微塵になった奴」
 浩太もすぐに思い出した。記憶を確認するように、何度かうなずく。

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