第二章 初夏、新緑の色増すころ 1/2
春を越え、夏の兆しが訪れ、暑いという感覚を思い出すころ。
微小の雨粒が風にあおられる霧雨。濡れる土の匂い。完全な梅雨入りにはまだ早いが、この数日、晴れ間は少なかった。
「昨日もだめだったよ」
園美の顔も晴ればれしていない。
葵はその言葉に呆れ顔だ。
「まだ、あのときのこと謝ろうとしてるの? もう向こうは忘れてるんじゃない」
例の一件について、園美はなんとか小夜と会って、謝ろうと試みた。もう二ヶ月も前の話だ。葵が呆れるのも無理はない。
教室に行くと、体調が悪く休みだとのことだった。
放課後に「内裏」に行くと、ちょうど他校との会合があるとのことで出かけていた。それを告げたのは小白蓮の文代で、こちらが恐縮するほどの丁寧さだった。
登下校でも、時間をずらしてみても見かけることがない。
「避けられてるのかな」
「それはないと思うけど……避ける理由がないでしょ。運が悪いだけだって」
「うーん」
園美は根から真面目な性質だった。とりあえずとか、形だけとか、物事を自分のいいように解釈をすることができなかった。
赤信号のときに、周りに人も車もなくともそれでも信号を待ち続けるような、よくいえば律儀であり、悪くいえば不器用な性分だった。
二人は、北棟と南棟を結ぶ渡り廊下を歩いていた。雨はだんだんと激しくなって、斜めに降る雨が渡り廊下を湿していた。
北棟の裏が「内裏」になる。園美はそこからの帰りで、葵は北棟の教職員室の前の、部活の連絡板を見に来たのだった。
「今日は自主トレですってよ。まあ、帰ってもいいんだけど。園美、予定なかったら付き合ってくれる?」
「いいよ。でも何をすればいいの」
二人はいったん教室に戻ることにした。荷物はまだ教室にあったからだ。
教室には、一人だけ生徒が残っていた。
最後列の自分の席で携帯ゲームをしている、ショートボブの髪の少女。園美たちが入ってくるのにも構わず、ずっと携帯ゲーム機を見つめて、指を動かしている。ヘッドホンはしていないから、ドアが開くのは聞こえたはずだ。
椅子を後ろに倒し、足を机の上に乗せている。桜大路では、良家の子女ぞろいと言わないまでも、生活態度には厳しい環境で育っている娘が多いので、こうしたことをする生徒は珍しい。
名を、竹中涼子という。園美がちょこちょこと寄って、携帯ゲームの画面をのぞきこんだ。
「涼子さん、何やってるの」
涼子は目を携帯ゲームから動かすことなく、独り言のように返事をした。
「ボールペンがひたすら流れてくんのよ。それに蓋つけていくの」
「楽しい?」
「ちっとも。もうすぐ三千本いきそうなんだけどね」
涼子はやはりクラス内では浮いた存在であり、誰か友達といっしょにいることも少なかった。いつもゲームをしているし、話しかける者も少なかった。葵も彼女が苦手だった。嫌いなわけでもないが、どう接点をもっていいのかわからなかった。
「がんばってね」
「おうよ」
顔は動かさないで、涼子は別れの挨拶をそう締めた。二人は荷物を持って、ふたたび廊下に出た。
しばらく歩いてから、葵は尋ねた。
「あの子と話せるのって、あんたぐらいじゃない」
「そうかな。いい子だよ。こないだ余ったからって小さいフィギュア貰ったよ。いま家のトイレに飾ってあるの」
少々変わっているところが共通するところか、と葵は勝手に納得した。
廊下を進み、靴を履き替え、二人はバレー部の部室に向かった。
「むさくるしいところですが」
中には誰もいなかった。そう熱心でもない部活としては、こういう日は皆帰ってしまうのだという。
「でも……なんか面白いね。人の部屋に入ったみたいで」
片側にはロッカーがずらりと並び、ボールがぎっしりと入ったボール籠があり、中央に簡単な折りたたみ式の会議机がある。安い食堂で見るような背もたれのない椅子が数脚。壁にはポスターやカレンダーが、芸能人のものやら猫やら、アニメのものまで節操なく貼りつけられていた。
「みんな好き勝手に物を持ち寄ってくるからね。おかげで趣味も広がるんだけど」
机の上の青年漫画誌を取り上げて見せた。
「部員は何人なの」
「幽霊も入れれば三十人程度かな。幽霊抜けば十人もいないね。だから私のレギュラーは安泰なのよ――さて、とりあえず着替えようか」
今日は体育があったので、園美も体操服を持ってきていた。桜大路の体操服は、世間でも珍しくなったブルマだった。
制服がずっとデザインが変わらないのと同様に、体操服も三十年ほど前に現在の形になってから変わっていなかった。
エンジ色のラインなしのブルマ、上の体操服は袖ふちがブルマと同じ色のシンプルなものである。
「うん。なんか放課後に体操服に着替えるのって新鮮だね」
園美は帰宅部なので、そういう経験がない。手早く着替えた葵が、まだ着替え中の園美をまじまじと見据える。
「あー、園美って結構胸あるのね。Eとかあったりする?」
「まさか。ブラジャーであるように見えるだけだよ」
そう言うものの、葵の目には園美の胸は大きく張り出しているように見えた。園美の顔や仕草が子供っぽく、そのコントラストのせいもあったかもしれない。
ずっと胸を見つめていた葵だったが、体操服で隠れてしまうと目的を思い出したのか、園美に指示を出した。
「そこでやろ。マットをどこから持ってきたかは聞かないでね」
部室の一角には、体操用マットが一枚ひかれていた。葵によれば、普段は寝そべったりお菓子を食べたりトランプをしたりと、よき憩いの座敷になっているという。
「勝手に体育館から持ってきたの? 大胆だね」
「こそこそすると余計だめなの。向かい合って、私とおんなじことしてくれるかな」
葵はマットに座り込んで、あぐらをかくような形になる。足は組まず、両に膝を開いて、足の平を合わせる。
「いたた」
「体がかたいんだよ。膝を地面につけられる?」
「無理」
「即答か。まあいいや、じゃあゆっくりでいいから体を前に倒して」
園美はうんうん唸って必死に倒そうとするが、四十五度も曲がらない。葵は難なく、合わせた足の平のところまで額がつく。
「うぅ、すごいね葵ちゃん」
「園美がかたすぎるんだよー」
その体勢のまま、葵が目を上目遣いにすると、正面に足を開いて座っている園美の股間が見える。
足を開き、何度も上体を倒すことを繰り返したため、ブルマが食い込んで股の部分の布地が細くなっている。その少しふくらんだ部分を葵は注視している。
「どうしたの?」
「なんでもない。じゃ、次ね」
組んだ足を伸ばし、大きく開く。葵は指先を足先につけ、先ほどのように前屈運動をした。園美はまねをするが、そもそも足が葵のように開かないし、指先も足首に届くかどうかというところだ。
「いて、いてて。無理」
「少しずつ伸ばすといいよ。そのままで」
葵は立ち上がり、園美の後ろへと回る。園美の小さな肩に手を添えた。
「華奢、だよね」
「貧弱っ子だからね。細くもないんだけど」
園美のいうとおり、ある程度の肉づきはあり、女としての丸みはある。葵が普段触れているクラブの部員たちとは、筋肉のつき方が違うのだろう。
「痛くなったら、いってね」
ゆっくりと、肩を押す。乱暴にすると壊れそうな肩。同性ではあるが、そこに女の子らしさを認めずにはいられない。
「いてて」
「ちょっとは我慢して」
「うー。約束違うよ、葵ちゃん」
葵は顔を、園美の首筋に近づけた。園美の髪は、そう長くもなく、襟足の部分で毛先がそろっている。かすかに柑橘系の匂いが葵の鼻をくすぐった。
葵は黙って、腰を下ろす。園美の後ろにぴったりと、同じ姿勢で重なるようにした。
「葵ちゃん?」
園美が驚くのも無理はない。
葵の胸はぎゅうと園美の背中に押しつけられ、葵の下腹と園美の尻肉も隙間なく触れ合っている。
ブルマから伸びた二人の太股も、二人の肌のわずかな色味の違いが比較できるほどに並んでいる。園美の太股はより白く、つきたての餅のようにむっちりとしている。少し汗をかいたのだろう。わずかに湿気が触れ合った部分から伝わった。
「いい匂い、するから」
素直に言ってしまう。
「なに言ってんの。変だよ」
まだ園美は、葵がふざけているのだと思っている。まさか淫らな欲が、蛇の頭のようにもたげているとは思っていない。『縁』を結んでいない葵には当然ながら男性器はないが、彼女が生まれもった性器はぬるりとした液が染み出し、小さな男性器と類似した分は、かたくしこって勃起していた。
「ほら、頑張って」
身体全体で、ふたたび園美の身体を押す。
「いてててて、いたいよ、葵ちゃん」
「だめか。じゃ別の手で」
「いや、無理に私ができるようにならなくても、いいんじゃないかな」
園美の主張はもっともで、もともとは葵の運動につきあうだけのはずで、別に園美の身体が硬かろうが関係はないはずだ。
「身体がかたいといろいろ困るよ。リンボーダンスしなくちゃいけないとか」
「滅多にそんな局面はないよ」
困惑する園美の正面に、葵はまわりこむ。
園美の足を片方もちあげ、その下に葵の足を差し入れる。もう片方の葵の足は、逆に園美の足の上に乗せ、互い違いに足を組み合う格好になった。
葵は身体を前ににじり寄せる。自然、二人が足を開いて、股間を擦りつけあうまでに接近した。
「葵ちゃん」
「何?」
「なんか変なこと考えてるでしょ。私も馬鹿じゃないんだから」
おかしな格好もさながら、葵の顔は上気し、接近した葵の胸がどきどきと打つのが園美にもわかった。
「ばれたか」
「ばれるよ。こんな格好にして……んっ、やぁ」
ばれたら仕方がないとばかりに、葵はじっとこらえていた欲望のままに、行動を起こした。股間を押しつけ、ゆるやかなふくらみを見せる恥丘をぶつけた。

「あん、園美の、園美のあそこと当たってる。当たってるよう」
より身体の密着を求めて、強く園美の身体を抱きしめる。胸の双丘も押しつぶされ、ブラジャーが間にあるのがもどかしくなる。
乳首と乳首どうしを触れ合わせたい。
恥毛どうしを擦り合わせたい。
お互いの陰唇で、お互いをねぶりあいたい。
仲のいい友達のつもりだった。いや、そうであることに今も変わりはないが、いつからか葵には、園美を愛したいという衝動が宿っていた。
美女ではない。可憐というわけでもない。しかし、肌に触れ合いたい、恥悦に顔を火照らせて、喘ぐ声を聞きたい、そういった邪な思いを沸きたさせる何かが園美からは発せられていた。
それは、母性愛で守ってあげたくなる、園美の頼りなさでもあり、小鳥のような澄んだ声であり、文鳥の嘴の桜色の、ふっくらとした唇でもあっただろう。とにかく、葵がいまいちばん抱きしめたい存在、それが園美だった。
「葵ちゃん……んなぁ、あっ、変な感じがする、だめぇ、こんなの、いけないよ」
「ほんとうに、んっふぅ……だめ?」
葵はあごを、園美の肩に乗せ、耳元でささやく。その間も、股間をすりつける腰のくねりは止まらない。
「あ、だって、こんなことするの。好きな人とじゃないと。あひっ……ん、私なんかじゃなくて」
「私は……園美のこと好きだよ。あぅん……んっ、だから、したいの。園美は嫌い?」
「嫌い、じゃないよ」
葵のこと、と続けたかったのだが、唇をふさがれた。園美を頭を抱え込むようにして、濃厚に口づけされたキス。
「はぁ……園美が、えっち好きでよかった」
「そうじゃなくて、んっ! ああ、いやぁ、そんなとこいじっちゃだめ、いや、いあっ、ああっ!」
密着することにある程度の満足をした葵は、園美にもっと恥ずかしい声をあげさせたいと思った。右手を、園美のブルマの上にすべらせる。行き着く先は、熱い接触を繰り返した二人の股間の間で、指の先は園美のブルマの食い込んだ皺の間を走る。
その皺をさらに深くするように、葵の中指は上下する。
指の先は、その布の奥を触覚のみで想像する。
ふっくらとした肉のクッション。そこに指が沈み込んでいく凹みがある。ときおり指にひっかかるのは、微かに硬くなった突起だろう。
「園美、どう? 痛くない?」
「ひはぁ、いた、いたくない、でも……ん、んーっ! あ、あはあ、はぁ、はあん」
葵の肩を、しっかりと握っていた園美の手が、葵の背中に回りこんだ。
「気持ち、よくなってくれてるんだね。嬉しい」
指の動きに変化をつけ、園美の秘部をまさぐり続ける。そこから発散される水分、身体全体からの汗、湿っぽい吐息、それらで彼女たちの周囲には淫猥な湿った空気が満ちた。
「はっ、はぅっ、あお、葵ちゃん、私、私っ、っー! ん、ん! んんっー!」
葵の背中に回された腕が、しっかりとしがみつき、園美の痙攣をつぶさに伝えた。
軽く達したのだろう、葵はあえてそれを言葉で聞いて確認することはしなかった。
ぜいぜいと息を荒く吐いて、葵の肩に額を乗せている園美の頬に口づけた。やわらかな感触が唇に残る。
