天旗 | 成人向け短編小説 | 新・性教育指導要領 雛たちの初体験実習 1/3

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新・性教育指導要領 雛たちの初体験実習 1/3

 歯止めの効かない少子化に大きな変革なしでの解決は不可能だ、というのが識者はじめ一般大衆までの大半の意見になっていた。
 与党の二分化から始まった政界再編は、そういった閉塞感を打破せんという国民全体の意志に後押しされた。カリスマ的な総理大臣が誕生し、経済・産業・教育にわたって大変革が行われた。
 教育においては若者の失業率の高さを解消すべく、他国に過去みられないユニークな方策をとった。問題の根本には自信をもてないことにあり、その解消のために自分が「女性として」「男性として」必要とされる原体験をもつべきだ、とした。
 すなわち性教育の一環として、学校で教育として性体験をすべての子供たちに行わせることが義務化されたのだった。
 これは前時代の価値観からすれば、まったくもって「余計なお世話」以外の何ものでもなかったが、政府がこの「余計なお世話」を焼かなければいけないほど、状況は深刻だった。

 とある学校の一ケースからこの施策を概観していきたい。
 生徒数はおよそ千弱の、大都市圏から少し離れた衛星都市に存在する学校。この性体験実習の対象となるのは二年生で、四十名弱のクラスが七組ある。
 それぞれ個人がもっとも気になるのは、この体験を誰と行うかということだが、入念なる調整のもとにペアリングは行われる。そもそもの目的が、これからの人生の自信をもたせることであり、ここでの失敗は後々あとをひくものだからだ。
 基本的には、同じクラスの希望者となる。それだけでは人気不人気があるために、調整が必要になる。
 事前調査で、同クラスのうちで十名、同学年の別クラスで三名まで名前をあげることができる。お互いに第一希望になれば、問題なくそのペアは成立となる。そういかない場合は、上位希望からペアリングを試行する。
 統計的には同クラスの三位~五位順ぐらいまでで成立することが多かった。これは、事前調査までに生徒同士が自分たちで異性の好みを聞きあったりなどして、ペアが内定しているケースが多いからだった。
 他クラスを含めてもペアリングできない場合は、教育機関所属の指導員が割り当てられる。当然に同年代ではなく、容姿もほどほどな者が選ばれているため、最初からこれ狙いで希望をまともに書かない者も若干ながらいる。
 ペアが決まっても、まだ生徒には公表されない。実習場所で顔をあわせて、はじめてお互い判ることになる。
 実習場所だが市にひとつづつ、外から見れば体育館のような建物がある。待合場所となる大きなロビーに、こじんまりとした個室が百近く。それぞれの個室は少し高級なビジネスホテルといったところで、ダブルベッドとシャワールームがある。ホテルと違うのは備え付けのモニタに、性行為の手ほどきをするガイド映像が強制的に流されることだった。
 二年三組の松島悟《まつしま・さとる》はそんな施設のロビーで番号札のついた鍵をにらんでいた。女子は既に先に部屋に入っている。部屋に入っていく様子は見られないので、どの部屋に誰が入っているのかはわからない。
 担任教師から指示が出て、何人かに分かれて部屋に入っていく。悟は第一希望には、体操部に入っている中山澄子《なかやま・すみこ》を書いたが、これは宝くじみたいなもので期待はしていなかった。おそらくクラスの半数は上位にしているはずだ。
 エレベータでクラスメイト六人と五階で降りた。反対側の廊下に進んでいく友人が、戦いに旅立つパイロットのように手を振る。
「じゃ、中山嬢にお相手してもらってくるわ」
「ご健闘を」
 軽口をたたく友人も、内心は自分の相手が誰になるかと気が気でない。同じくおどけて返事する悟も同じだった。同クラス希望は十人すべて書いた。他クラスは知り合いがいないので書いていない。
 席替えで隣になることでさえ、心躍るこの年代だ。ましてや席が近いというレベルを遥かに越え、同年代の異性の裸体を初めて生で見て、見るだけでなく肌と肌まで合わせてしまう。緊張するのは当然だった。
 第二希望は文芸部の徳原光代《とくはら・みつよ》。ロングへアが魅力的なお嬢様タイプ。
 第三希望はテニス部の浅尾紀恵《あさお・きえ》。背は小さいが、跳ね回るように元気な女の子。
 ここまでで決まれば大喝采だった。そう巡り合わせてくれた神には一生の信徒であることを誓ってもいい。
 クラスの中では内定カップルがいくつかできていて、お互いが第一希望に書くことを約束していた。悟には結局そういう相手ができなかった。
 自身が女子たちに人気があるかというと、首をひねらざるを得なかった。成績はまあまあいい方だし、たまに女子に質問されたりもする。運動部にも入っているので、そこそこ身体は動くし、体格も貧弱ではない。悪いところも特に見当たらないが、逆もまたしかりだった。
 鍵の部屋番号を見て、間違いないことを確かめて鍵を挿した。
 そこで、まずノックすべきだと気がつく。鍵を挿したままでドアをトントンと二回叩いた。
「はい、どうぞ」
 ドアが厚いのか、聞こえるには聞こえたが、声から中の人物を判定することは出来なかった。少なくともわかったのは、キロ数三桁のクラス一の巨漢、大河原敏子でないことではないことだった。
 鍵をひねって、ドアを開けようとする。三回ほど引いて開かず、やっと押して開けるのだと気がついた。
 そこに立っていたのは、背が頭ひとつちいさい、ショートカットが顔をまるく縁どっている少女だった。服は悟と同様に制服で、両手を所在なく胸の前に浮かべている。
「あ……ま、松シンだ」
「浅尾」
 悟が男子の間で呼ばれている渾名が「松シン」だった。一部の女子もそれにならって悟をそう呼んでいた。
 二人は、大きく息をついた。
『よかった』
 そして同時に安堵の言葉を漏らす。少し緊張がほぐれたからか、二人は笑みを漏らしながら部屋の奥に入った。
「私も、開け方よくわかんなかったんだ。閉まったら勝手に鍵かかるみたいだよ」
 ベッドの隅に座って、浅尾紀恵はドアを指差した。腰を下ろすと、背が百五十センチもない紀恵はさらにちんまりと小さく見える。
 悟は、紀恵とは普段からよく会話は交わしていた。紀恵がたわいないことを背伸びするかのような勢いで話しかけてくるのを可愛らしく思っていた。リスやウサギのような小動物を思わせた。
 悟は鍵を、紀恵のものであろうものの隣に並べた。番号は同じで間違いない。
「いや……なんていうか、よかった。うん、よかった」
「二回言ってるよ。おかしい」
 けらけらと紀恵は笑う。いつもの教室の休み時間を思い出す。
 だが、これから日常とは離れた行為を、日常とは離れたこの場所ですることになる。それを思い出すとまた鼓動が激しくなった。
 ベッドのそばにあるモニタから、音声が流れた。
「いまから一時間後にガイド放送を開始します。それまでに準備などを終えてください」
 ある程度は事前に手順などは説明されている。準備することや、用意するべきものは特にない。
 避妊は男女ともに飲む経口薬で、完璧に近く可能だった。この実習で妊娠したという事例はない。この大胆な実習が行われるようになったのも、この経口薬の発明によるものが大きかった。
 その薬は昨日飲んで、今日の尿検査で実際に飲んだことが確認されている。
「座ったら。立ってると、私も首しんどいし」
 ぽんぽんと紀恵は自分の座っている隣を手のひらで叩いた。
 紀恵が座っているので若干崩れてはいたが、きっちりとベッドメイクがされている。
 隣に座るぐらいなんてことはないと自分を励ましながら、素早く紀恵の隣に腰かけた。
 清々しい香りが鼻をくすぐる。
「シャワー、浴びたの」
「うん。松シンは?」
 昨日の風呂は、足の指の間から、耳の裏まで、隅々まで磨きあげるように洗った。悟は生まれてこの方ないぐらい身体は清潔なはずだが、わざわざそれをアピールする必要もなかった。 
 ロビーで待っていた間も変な汗をかいてしまったことは間違いない。まだ時間は充分にある。シャワーを浴びて、歯を磨くことにした。
 着替えはないので、よくタオルで体の水気を拭き取ってから、着ていた制服をまとう。
 出てくると、紀恵はベッドにうつぶせに寝転がって、本を読んでいた。悟も何度も読み返した、実習のテキストだった。
 紀恵の肉づきのいいふくらはぎが、悟の視線を引き寄せた。スカートは膝まであって太股までは見えないが、太股の柔らかさを想像させるような、適度にたくましく、モチモチ感のあるふくらはぎだった。

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 悟が出てくるのに気がついて、起き上がってベッドの隅に前そうしていたように座った。
 モニタでは開始時間をカウントダウンしていた。ゆっくりとシャワーを浴びたつもりだったが、まだ三十分以上余っていた。
「松シン何か飲む? 自由に取っていいみたい」
 紀恵はモニタの下に位置する小さな冷蔵庫を指差した。悟が開けると小ぶりのペットボトルが何種類かあった。歯を磨いたところだったので甘くないものをと、ミネラルウォーターを取り出した。
 紀恵も手を伸ばして、スポーツドリンクを取った。
 紀恵の隣に腰を下ろした。隣に座ることに内心まだどきどきしていたが、それは表に出さないようにして水を飲んだ。
 二人は知らないことだが、この冷蔵庫に入っている飲み物には細工が施されている。
 見かけ上は店で売っているものとなんら変わりないが、気分を昂揚させて身体には無害な成分が、漏れなく入れられている。
 少しでもスムーズに実習を行えるようにとの工作のひとつだった。
「松シンさ、私、先に言っときたいんだけど」
「ん?」
 スポーツドリンクを一口飲んだ紀恵が、悟のほうを向いた。手の甲で口をぬぐう仕草は女の子っぽくないが、紀恵らしかった。
「私、第二希望だったの。松シン」
 少しだけがっかりして、だが、言葉を反芻すると顔が緩みそうになった。
「あ、ああ──。いや、うん。第二でも、大光栄だよ。ん。嬉しい」
 紀恵はそのことを気にしていたらしく、罪を告白したように晴れやかな表情を見せた。
「よかった。んじゃ、私も聞いていい?」
「ん、何を」
「私の順位」
「あー。……すまん。俺は第三」
 紀恵はそれを聞いて怒る様子もなく、悪戯そうに笑って聞き返した。
「第一と第二は? 当ててみようか」
「いいよ、そんなの」
「中山さんでしょ」
「む」
「第二は徳原さんだ」
「むむ」
「あってるでしょ。へへ。わかりやすい」
「いいじゃないか」
 悟はチェシャ猫のようににったりと笑う紀恵から顔を逸らした。
 所在無く視線を泳がせる。この部屋の壁には窓がなかったことに悟は初めて気がついた。
「私は、第一希望は河野君だったの」
 河野淳樹《こうの・じゅんき》は背の高い、サッカー部の男だった。クラスで女子では中山澄子がアイドル的存在だったが、男子ではその地位にいるのが河野淳樹だった。長身、運動が得意、ギターが弾ける、成績上位、西洋人の血が混じっているかと思われる(実際は代々農家のガチガチの日本人と本人からは聞いた)造形のはっきりした顔と白い肌。
「まあ、そうだろうな」
 嫉妬もしない。当然のことだろうと悟は思った。
「でも良かったよ。松シンで」
「あー。それは嬉しいけど、なんで」
「河野君とだったら、何しゃべっていいかわかんないよ。しゃべるのだって、そんななのに」
 紀恵は言葉を切った。そう、ただおしゃべりするために二人きりになっているのではない。
「あいつ、けっこう気さくなんだが。たまに自作の一発ギャグ見せてくれる」
「意外」
「ドビュッシー!」
「なにそれ」
「河野の、響きの面白い作曲家を大声で言ってみるシリーズ」
「力技だね」
「メンデルスゾーン!」
「もういいよ。面白い?」
「実のところ、まったくもって面白くないんだが、あの顔でやるからな。寒面白いってやつかな」
「意外」
「ドヴォルザーク!」
「だからいいって」
 ツッコミのつもりか、紀恵は軽く悟の胸を小突いた。普段からたわいない会話はしているが、こうやって体が触れ合ったのは初めてだった。紀恵自身は意識していないのか、けらけらと笑っている。
「俺も良かったよ」
「ん?」
「いや、浅尾で良かった、ってこと」
「へへ。ありがと。なんか恥ずかしいな」
 少し暗めの部屋ではわかりにくかったが、紀恵の顔はほのかに紅潮していた。悟も身体が中から暖かくなって、どうにも落ち着かないような気分になっている。
 いままでにないほど親しく会話を交わしていること、これからのことを想像してのこと、それに加えて、先ほど二人が飲んだものに含まれる成分が影響を及ぼし始めていた。
 彼らは飲酒の経験がないために比べ合わせることは出来なかったが、ほろ酔い加減に良く似ていた。
 紀恵は小柄なため、座っていても悟からは見下げる形になる。紀恵の頭頂のつむじから、放射を描いている髪の毛はつややかで、綺麗な光の反射の円を描いている。それを無性に触りたくなって、悟は手を伸ばして優しく撫でた。
「もう、ちっさいからって子ども扱い?」
 口を尖らせるが、怒ってはいない。
「いや、なんか可愛いなあって」
 こんな台詞も、昂揚しているが故に口から出た。
「ばーか」
 紀恵は顔を近づけてそう言った。
「──松シンも可愛いじゃん」
「可愛いか? 俺が?」
 こくこくと紀恵は首を振る。
「なんかさ、男子ってすぐ女子を馬鹿にするじゃない」
「そだっけ?」
「そうだよ。女子が掃除やっとけとか、女子だからつまんないことで盛り上がってるとか、女子には難しいことわかんないだろうとか」
「うーん、思い当たらん」
「松シンはそうなんだよ。なんか中性的っていうか、大人っていうか」
「正直、ピンとこないんだが、ありがと」
「だから私も、前から松シン」
 その後の言葉が尻すぼみに小さくなったので、悟には聞こえなかった。推測し、婉曲な表現で紀恵に返す。
「俺も、浅尾とはもっと仲良くなりたいと思ってたよ」
「……ん。私も」
 二人の身体は自然に動いた。座っていた二人の間の距離は握りこぶしひとつ程度だったが、それがゼロになり身体が触れる。
 紀恵があごをあげ、目を閉じた。
 考えるよりも、衝動で悟は動いた。小鳥のくちばしのような澄んだ色をした唇に、唇を重ねたいと思った。そんな純粋な気持ちで、紀恵にくちづけた。
 紀恵のシャンプーの香りがただよって、悟の鼻を心地よくくすぐった。
 しばし触れて紀恵の唇の柔らかさを楽しむと、理性が戻ってくる。これからどうすればいいのか。いったん離れたものか、何か行動にでるべきなのか。
 ためらっている間に、紀恵の唇が動いた。リップクリームを馴染ませるときのように、小刻みに開き、閉じられる。呼応するように、悟も唇を動かした。弾力のある唇の肉が弾むように押し返してくる。
 少しく開かれた唇からは唾液がにじみ、水分をお互いの唇に与え合う。
 唇の合間で、舌が触れた。それをきっかけに、二人の唇はおもむろに伸びる。先端が触れ、戯れるようにつんつんと先で付き合うと、互いに横にそれて、相手の口腔へつるりと忍び込んだ。
 口では忙しく、唇と舌が絡まりあっている。おのずと鼻で息をすることになり、かかる息が熱い。熱は顔だけにとどまらず、身体全体に満ちている。
 のぼせるような熱に浮かされ、悟は手を、紀恵の背中に回した。紀恵も同じようにして抱き合う形になる。
 上体が崩れ、二人でベッドに倒れこんだ。それでも一度重なった二人は磁石のように離れず、自在に動く舌を性器にして、お互いの口内を犯しあった。
 ちぅっぷ、ぴっちゅ、くぷっ。
 水音が響く。これからの行為を想像させ、悟にはそれが卑猥に聞こえた。そのせいか、股間が熱くなっているのを悟は自覚した。制服のズボンのなかで、ひどく窮屈にしているのがわかる。
『これより、性教育実習におけるガイドライン放送を始めます』
 急にモニタから発せられた音声に驚いて、二人はいつ果てるとも思えなかった接吻をやめた。
「もう先に始めちゃってたね」
 紀恵はくすくすと笑っている。

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