勇者の像
ジェイルがその娘と出会ったのはほんのささいなことだった。立ち寄った街でのいざこざ。娘が露店の食べものを盗んだの盗まないのとよくある話である。
しばらく野次馬の頭ごしに見物していたが、いざ役人が呼びつけられそうになって、彼は賭場で稼いだばかりの金袋を店主に投げつけた。
「それで足りるか?」
娘は礼を言い、ラッテと名乗った。聞くと親もなく盗みで生計を立てているという。
「子供の頃から悪い癖をつけるもんじゃねえ。おまえさえよけりゃあ、俺についてくるか?」
ジェイルもそう言いながら悪い癖はあった。酒はうわばみのように飲む。博打は打つ。新しい街には必ず女を作る。そんな遊興の金は、すべて彼の持つ大剣が振るわれるごとに魔法の小槌のごとく沸いてきた。盗賊退治、暗殺、金になる仕事はなんでもやった。
それに引け目は感じていない。自分にしかできないことをして、それに値する代価を得る。それだけのことだ。
ラッテはこの男についていくことにした。部屋の掃除や洗濯、身の回りのことはなんでもやった。
考えてみれば金のある彼のこと、金を払って宿の人間にやらせれば済むことなのだが、あえてラッテに仕事を与えるのは彼のひとつの心遣いだということに、ラッテもほどなく気づいた。
生活はいいかげんだが、そんな優しさにラッテは惹かれた。

ジェイルは一定の街に留まらず、仕事をこなしつつ転々としていたが、宿をとるときには必ずラッテと部屋を別にした。理由としては、彼は自分の部屋に一人で寝ることはないからである。
「どうして知らない女の人は部屋にいれて、私はだめなの?」
何度となくされた質問には、ジェイルは毎回同じ回答をするようにしていた。
「おまえが大人になったら考えてやるよ」
常にジェイルの近くでいられることはラッテにとって幸せだったが、自分が子供である、それだけで一線を超えることは出来ないのが彼女には苦悶のもとだった。
──早く大人になれないかな。
詮なきことだとはわかっている。待てばいずれ自分は大人になれる。
しかし、そのときまで自分がジェイルの側にいられるか分からない。
いま、この瞬間にジェイルの一番近くにいたいのに、それは叶わない夢だった。
ある夜のこと。隣のジェイルの部屋では、いつものように女の嬌声が聞こえる。最初の頃は怒りと、耐え難さに耳をふさいだ。しかし、今では悲しみの方が先に立つ。
眠れずにベッドの上で身を丸めていると、それは現れた。
「何か、お悩みのようだね」
白いローブに身をまとった老女。ジェイルの指示で、戸締りは厳重にしているはずなのに、いつの間にかその老女はラッテの部屋の中にいた。
「あなたは?」
ラッテも危ない旅をいくつか経験してきた。枕下のダガーに手を伸ばす。
「大人になりたいんだろう? 私はそんな願いを聞き届けにきたんだよ。なあに、お前さんはいままで苦労をしてきたはずだ。それが報われたってバチはあたらないさ……さあ、これが大人になれる薬だ」
気がつくと朝だった。老女の記憶はあるが、あまりにも断片的で夢かと考えた。
しかし、枕元には昨日までなかったはずの薬瓶が確かにあった。翡翠色の液体が満たされている。
夢ではなかった。確かに、ラッテは親を早くになくし、ジェイルに拾われるまで決して恵まれた生活を送ってきたわけではなかった。神様の贈り物だ──とラッテは考えた。
すぐに飲もうかと思ったが、考え直す。大人になるのなら、ちゃんとした服がないといけないだろう。
うんと綺麗になった姿を見せてジェイルを驚かせる為に、うってつけの服が必要だ。すぐに大人になりたいのを我慢して、薬瓶を大事に懐にしまってジェイルの部屋に向かった。
「ねえ、疲れてない? マッサージしてあげるよ」
「なんだ気持ちの悪い。まあ、してくれるってんなら」
ジェイルの肩や腰をもみほぐしながら、ラッテは期をうかがって切り出した。
「ねえ、お願いがあるんだけどなあ……おこづかい、ちょうだい」
「なんか裏があると思ったぜ。お人形でも欲しいのか? まあ、いいや。そこにあるから持っていきな」
ラッテは、金を手に入れて市場へと出かけていった。
そして、戻っては来なかった。
ジェイルは十日の間、ラッテを探し続けた。
自分でも聞きこみをしたし、人を何人も雇った。
昔の癖が出て、金を持って逐電したか──とは考えないことはなかった。しかし、可能性はないとはいえずとも、ジェイルはそうは思えなかった。
一年経つかどうかだが、ラッテとはしばらく一緒に旅をしてきた。完全ではないにしても、ラッテのことはわかっているつもりだ。
前まで盗みを働いていたのも、このせちがらい世の中、生きていく方法がそれしか見つけられなかったからに過ぎない。
持ちなれない大金を持って、なにかトラブルに巻き込まれたか、誰かにだまされたか──。
そう信じてラッテの行方を探しつづけた。そしてやっと手がかりらしき情報を手に入れた。
神隠しにあう子供が増えているという。
西の森にいかがわしげな城が現れたという。
噂を統合すると、その城に何ものかが子供たちを連れ去っているということだった。
ジェイルは大剣をかつぎ、その城に向かった。
なるほど、噂の通り苔生した城がそびえている。コウモリがうんかのように飛び、黒いもやがかかったようだ。
城には人気がなく、かび臭い臭いが充満していた。用心しながら奥へと進む。
その最も奥の間の扉を開けると、女が静かにたたずんでいた。

流麗に流れる髪、豊満な肢体。涼しげな瞳。しかし尋常のものとは思えぬ妖しさを、歴戦をくぐりぬけけてきたジェイルは察した。
「貴様が人攫いをしているって奴か!?」
「人攫いとは人聞きの悪い……妾は生きていくために餌をとっているだけのこと」
「な、なら! ラッテもお前が食ったと言うのか!」
「さあのう……餌に名前はないわ」
その瞬間、全身の血が沸き立ったようだった。烈火の怒りを大剣に乗せて斬りかかる。
しかし、その場に女の姿はない。離れた場所に静かに立ち、手のひらをこちらに向けている。そこから赤い点が発し、急速に炎の玉となって放たれる。
身体を転がしてジェイルは避ける。姿を自由に消し、炎の術を操る、そして子供を食らう魔女──それがこいつか、と合点する。
女は、次に何人もの姿に増した。ジェイルは経験から分身の術はまやかしであることはわかっている。それでも複数から放たれる炎からはすべて逃れなければならない。勘でこれぞ本体と思われる魔女を満身の力で斬りつけたが、それは外れであり、力余った大剣は床に突き刺さった。抜く暇のないまま次の攻撃が来る。大剣を放ってその場を離れるしかない。
非常の備えである短剣を手にする。ここまでか、と思ったときにふと刺さったままの大剣が目に入った。大剣は幅が広く、鏡のようにその像を映している。
その角度からは、魔女を三人映しているはずだが、そこには一人の魔女しか映し出されていなかった。
──見えた!
矢のごとく次々と放たれる炎をかいくぐる。
そして、ジェイルの短剣は深々と魔女の心臓へと突き刺さった。
そのとき、魔女が微笑んだように見えた。変化は表情だけではない。身体が小さくなっていく。
「ラッテ! どうして、これは……」
「大人になりたかったんだ。大人になる薬を貰って。でも、それから、なんだかわからなくなって……私、綺麗だった?」
「ああ、綺麗だった。俺が見た中で一番の美人だ」
「びっくりさせようとして服も買ったのに……無駄になっちゃった。ごめんね」
ラッテはそう、微笑みながら息を引き取った。
そこに、哄笑するような笑い声が響き渡る。
「哀れ! 剣士ジェイルよ、その心中にあるは後悔か? 罪の意識か? 悲しみ、怒り、悔恨──美味なり! まことに美味!」
顔をあげると、老女が呵呵と大笑している。
「ラッテをたぶらかしたのは貴様か!」
大剣を引き抜いて老婆を薙ぎ払ったが、霧を斬るように手応えがなく、実体はこの場にない。
「可憐な少女の夢を叶えたまで。愚かしきは人よ」
まやかしと分かりつつも、老女の姿を大剣で斬りつける。次第に、声とともにその像は薄れて行く。
「許さねえ! 貴様だけは、地の果てまででも探し出してやる!!」
ジェイルはラッテの亡骸を抱いて城を去ろうとしたときに、ひとつの紙包みを見つけた。
中は光を放つような、白無垢の花嫁衣装だった。
大人になったラッテはこれを着て、ジェイルを驚かせたかったのだろう。そんな素朴な願いを、自分はラッテの命とともに奪ってしまった。
「馬鹿……ほんとに馬鹿だよ」
ラッテには大きすぎるぶかぶかの花嫁衣装を着せて、ジェイルは清涼で人気のない泉のほとりに弔った。
それから、幾年も後のこと。
剣士ジェイルは後に大魔女ヴェスパを倒し、大陸を救った英雄として語り継がれることとなる。英雄となった彼には王侯や大商人からぜひ婿に、との声がかかったが、一生涯彼は独身を通し、女を近づけることはなかったという。
そして死後、彼をたたえる銅像を作るときには約束事のように彼とともに、彼の戦いを支えた天使の像が添えられている。
その天使の名はラッテというが、誰もその名の理由は知らない。
-終-
注釈:
少々このお話は由来がややこしいので注を入れておきますと、以前 "コミコミ.ねっと"(http://www.comicomi.net/ 現存せず)というサイトにて
イラストをモティーフにして短編を作成しようという企画がありまして、そちらに別名義にて応募して入賞したものです。
その際の規定には入賞したものは先方サイトのほうに著作権が帰属するという文言があったのですが、
その運営元である株式会社ビブロポートにつきましては、株式会社ビブロスの倒産に伴って存在しません。
ひょっとしたらどこかに権利は引き継いでいるのかもしれませんが、サイトも閉鎖しているので確認できない状態です。
もしここでの掲載に支障ありましたらご一報いただければ幸いです。
イラストにつきましては、KETAOさんの手によるものですが、当時のサイトのFAQには「著作権フリー」とのことでしたので利用させていただいております。
これにつきましても、ここでの掲載に支障ありましたらご一報いただければ幸いです。(KETAOさんのサイトも現在の場所が調べきれませんでした。)
上記のように微妙な作品なのですが、公開される場もない状態ですので、不憫に思い掲載させていただいております。
