第三章 似たものどうし? 素直になれない二人 1/2
メルに家事をいいつけて、理恵は家を出た。
行き先は電車に乗れば一駅の場所だったが、天気がいいので自転車で行くことにした。
こちらに出てきて最初に買った、中古のママチャリ。店員に状態は「あんまり良くないですよ」と言われて買った一番安いものだったが、気に入っている。
住宅地をいったん抜けて、川沿いに走らせる。初春の風が気持ちよかった。
時折見つけることが出来る梅や桃の花を楽しみながら進めていると、目的の場所は近かった。半時間もかからなかっただろう。
駅にほど近い、金融会社の看板が目立つ繁華街。その雑居ビルのひとつ。隣のコンビニで自転車を駐めて、カップタイプのカフェオレを二本買った。
雑居ビルの入り口は狭くて暗かった。郵便受けの下はチラシが散らかっている。古めかしいエレベータがあるが、理恵は手前の階段を使った。
登って二階、ドアのすりガラスに「探偵事務所」と手製のプレートが貼られている。そのドアをノックもせずに開けた。
「いらっしゃい」
幅広の机の向こうに腰かけていたのは、理恵と同年代の少年だった。屈託なく笑みを浮かべ、機嫌よさそうにまっすぐ理恵を迎えた。端正な顔といっていいだろう。顔にはニキビの痕ひとつなく、少し長めの髪が目にかかりそうではあるが、清潔感が表れていた。
名を、毛利《もうり》栄《さかえ》という。理恵と同じ学校、学年の生徒である。また、この「探偵事務所」の所長でもある。他にもいろいろな肩書きを持つ男ではあるが、それはまた別の機会に語られる。
その傍らに、主人を護衛するかのように長身の人物がいた。昨日に理恵とは一度会っている。襲われていた女性を引き取った、大鴉に乗った男。国松《くにまつ》定文《さだふみ》という。
栄と対照的に、定文は体も表情も微動だにさせず、直立を保っていた。
「これあげる」
コンビニ袋から、カフェオレを取り出して栄に渡した。
「お、差し入れ?」
「隣のコンビニに自転車駐めたから、駐輪代がわりに買ったのよ。別にあんたに買ってきたわけじゃないから」
「だとよ、サダ。おこぼれにあずかろうぜ」
栄はすぐにストローを突き刺して飲み始めたが、定文はいったん受け取って奥の部屋に行くとまた戻ってきて同じ体勢をとった。冷蔵庫にでもしまってきたのだろう。
「──いちおうサダから聞いている。おつかれさん。報酬はスイス銀行のほうに振り込んでおくからね」
特に報告もしないうちに、栄はそう言ってにこにことうなずいた。
理恵は片方の眉をひょいと上げる。
「世間でいう『スイス銀行』は、スイス『の』銀行ってことで別に特定の銀行のことじゃないらしいわよ」
「へえ」
「スイスでは法律で銀行員に守秘義務が課されているから、犯罪を起こしても調べられないからってこと。どっちにしても私は外国に口座持ってないから、いつものように普通に振り込んどいて」
「理恵ちゃんと話していると雑学が増えていいね。なあサダ」
栄は肩をすくめて、背後に銅像のように微動だにせず立つ男を振り返る。定文はとくにそれにコメントすることなく、無言であごを縦に動かした。
しばし沈黙が部屋に訪れたが、栄は自分のペースで話をつないだ。
「というわけで、また次に頼みたいことがあったら連絡するよ」
「待った」
「ん」
「関わったものとして、いろいろ聞く権利はあると思うんだけど。あの化け物がなんで沸いたのか、とか」
「んー、でも、いや」
「浅井君、栄が言いにくいようだから僕が言うが」
「あ、サダこのやろ」
栄が立ち上がろうとするのを、定文の大きな手が押さえ込んだ。子供をあしらう父親のようだった。
「心配しているんだよ。こっちでもいろいろ調べたんだが、どうやら事が大きそうなのでね」
「それって……これと関係ある?」
理恵はポケットからハンカチにくるんだものを取り出した。中からは理恵が昨日、仏舎利と見込みをつけたものが現れた。
「仏舎利だね。あの化け物から出てきたんだろう」
定文は一瞥しただけでそう断じた。
「そしたら、ニュースで言ってる仏舎利の盗難事件っていうのは」
「それも関連している──あんまり僕がしゃべると栄がすねるからね、ここまでにしておこう。栄の口から聞いてくれ」
「すねやしねえよ」
そうは言いつつも、栄は唇をとがらせていた。
「教えてくれなくてもいいよ、それなりの態度とるだけだし」
「教えろって言ってるようなもんじゃないか、じゃあ、あまり首を突っ込まないって条件付で」
「へえ、栄は私の行動を指図するんだ」
「そうじゃなくて……おい、サダ、お前のせいだからな」
「知らんな」
「仕方ないな──じゃあ、経緯から話そう。うちにこの話を持ち込んできたのが、とあるAV女優さん。あ、あーあーあー、違うよ、そうじゃなくて」
「何よ。とうとう頭の電池が切れた?」
「もちろん、彼女が直接うちに来たわけじゃないぜ。俺と知り合いでもない」
「何を心配して言い訳してるのかわかんないけど、わかるわよ。こんなとこ何もなしで見つけられるほうが奇跡だわ」
「ま、そゆこと。いろいろルートを中継してうちに話が来たわけ。なんでも、同じ事務所の同僚が行方不明になったんだと」
「同僚ってのは」
「そういうビデオの女優さんだね。同僚であり、いろいろと相談をしたりする友達だったらしい。ある日からメールも電話も連絡がとれなくなった。引退して実家に戻ったわけでもないらしい。どこにも連絡がなく、ぷっつりと消息が絶たれている。うちで調べてみたところ、その行方不明になった日は仕事での撮影があった日で、そしてさらに調べた結果──おそらく彼女は生きてはいない」
「え?」
「理恵ちゃんに言ってもわからないと思うけど、キリザキ映像っていうAVの制作会社がある。鬼畜もの、露出もの、ハードなジャンルで、その手の人たちには人気がある」
「続けて。そういうのもあるんでしょうね」
「うん、たいていヤラセなんだ。ああいうのはね。レイプとか痴漢とかいったって演技に過ぎない。普通に捕まるからね。でも、キリザキの撮ったものは──ああ、キリザキってのがそこの社長でありプロデューサー。で、その作品でなされることは──ほとんど、拷問だった。体を傷つけたり、吐かせたりね。形容もはばかられるような事だよ」
「でも、売れたんでしょ」
「そうだね。リアルだってことで……いくつもシリーズ化して大金を稼ぎ出している。業界では知らない者がいない。税金を誤魔化しているからその実態は表には出てこないけど」
「女優さんのほうは納得ずくでそういうものに出てるの?」
「違うらしい。証拠はつかんでないけれど、最初は普通のAVとして撮り始めるんだ。で、現場でいきなり扱いが変わるわけ。で、撮った後は脅す。だから訴えられもしてないし、事件にもならない」
「酷い話ね」
「まったくだね──で、それとは別の話として、理恵ちゃんにお願いした化け物の話が来た。ああいう輩を相手にするのは俺たちも理恵ちゃんも慣れてるからね」
栄が言うように、理恵たちは禍々しいものたちと多く戦いを交えてきた。
理恵や栄たちは「力」を持つ者たちであり、そして普通の生活をしていれば知らなかった闇を覗いてきた。
「昨日理恵ちゃんが焼き払ってくれた化け物については、出自や現れた原因が不明だったわけさ。今朝までね」
「今朝?」
「そう、依頼元から情報が入ってね。どうもそいつは仏舎利を核にして出来上がった化け物で、そこに件のキリザキがからんでいるらしい」
「つまり、化け物を生み出したのも、仏舎利をかき集めているのもその変態ってこと?」
「先に言ったように証拠はないけどね──まあ、間違いない線じゃないかな。警察や上のほうもその線では動いているけれど、キリザキは金もパイプもある男だ。なかなか尻尾はつかまれない。それが現状」
「それじゃあ」
栄は理恵に向かって手を広げ、言葉を制した。
「言いたいことは分かる。でも今回、相手は化け物じゃないから殺せばそれで済むってもんじゃない。俺たちが表舞台に立つことなく、そして色々なことがうまく収まるようにしないと」
「その間に、誰かに被害が及ぶかもしれないじゃない!」
「いや、まあ落ち着けよ」
不意に、不動を貫いていた定文が、その長身をゆらりと揺らした。
「調べたいことがあったのを思い出した──失礼」
定文は大股で出入り口のドアの方に向かうと、のっそりと手を少し上げて出て行った。
そのひょうひょうとした様子に理恵と栄はしばし、定文の出て行ったドアのほうをずっと見て固まっていた。
栄が肩をひょいとすくめ、つぶやく。
「あれで気を使ったつもりなんだぜ」
「え?」
栄は机を回り込んで、理恵のすぐそばまで寄ると、机に腰掛けた。
「サダはいい奴なんだってこと。話は戻るけど、俺はお前が好きだ。知ってるよな」
「な。何いきなり」
「好きだから、大切なんだ。俺は理恵が強いのは知ってる。たいていのことは自分で何でもできる。頭もいいから間違いも少ない」
「ほめ殺し?」
「正直な気持ち。でも、誰しも油断はあるし隙はある。いくら強い格闘家でも、気違いの振り回す包丁に傷つけられることはある──心配なんだよ」
栄は机から腰を浮かせると、長い手を伸ばして理恵の腰をつかみ寄せた。
片方の手で、そっと理恵のあごをつかんで、上を向かせる。
理恵はそれに素直に従った。かすかに唇を開けたまま、栄を待つ。寸刻の瞬きのあとに、唇が触れ合う。
つ、つ、と小鳥がついばむように、お互いの粘膜が触れ合う感触を楽しんでから、次第に強く押しつけあう。より濃厚なふれあいを求めて口は開き、そこから唾液をまとわせた舌がのぞく。
「ん、ん……」
唾液でからんだ舌が、より多くの面積を接触させようとからみあった。しばしそうやって淫らに舌を遊ばせた後、理恵はふと正気の戻ったように栄を自分の体からひきはがした。
「──こんなので、誤魔化されないから」
「そうなの?」
栄は軽く首をかしげると、素早く理恵の背中に回って、理恵が机に手を付かせる体勢にした。決して手荒にしたわけではなく、その動きはダンスを踊るように軽やかだった。
「何すんのよっ!」
「ふふーん、やっぱり。理恵ちゃんはえろえろだねえ」
栄はすばやく理恵の背中に潜り込むと、手をスカートの中に忍び込ませていた。吸い付くような太ももの手触りとともに、その指先が理恵の下着に触れた。そっと触れただけで湿り気が感じられ、その奥で蜜が満ちているのが分かる。同時に、雌の匂いが発散した。
「何言って……焼くわよ」
「魔法で? できないくせに」
栄は力をこめて、もう片方の手で胸を刺激するように強く抱きしめた。同時に、優しく理恵の秘部を指でノックする。スポンジが許容量以上の水を吸い込んだように、じゅん、とヌメりけのある水分が染み出してくる。

「ん……くうん」
「キスする前からこうだったんでしょ。わかるんだから。長い付き合い。──もしかして、お家出るときからもう?」
「違うったら……離してよ」
「じゃあここは離す」
「あふっっ!」
栄が指で突いたのは、蜜をにじませている箇所から少し後ろに位置するすぼみだった。
